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2021年3月 3日 (水)

宵節句の日

3/2
宵節句

めまい、宅配の初経験と忙しかった2月がすぎてもう3月!だが・・・
私にとっては忘れることのできない日、それは 
   三月二日、そうなの宵節句なの
小学校の授業中に用務員のおじさんが、大きな声で母の異常を教室へ知らせに来た
私は 先生に断ることもせず かばんも持たずに ただ夢中で 病院へ走った、
   かあさん 母さん! と 心の中で叫び続けて・・・
静かにベッドに横たわる母、声に出せない、悲しい 瞬間!
末の弟は ベッドの周りを走りながら、みんなどうして泣くの?と。
あふれる涙、昨日は機嫌よく話していたのに・・・
   帰りには隅田川沿いを歩いてね 
   そうすればここからまあちゃんが歩くのが見えるから・・
前日 そう言っていたのが 私が聞いた最後の言葉になった、
思えば 遠足に行く日黙って洋服を買ってくれたり、一晩で揃いの祭り浴衣を縫ってくれたり決して豊かではなかった我が家、どうやって工面したかわからないが、いつも
頼りになる母であった、辛いときも 嬉しいときも いつもいつも優しい母であった、
その夜、ひな祭りに備えて飾ったひな人形を すぐしまいなさい と父が。
逆らうこともできずに 一つ一つ手にしたひな人形の顔にぽたぽた落ちた涙、
それは 母との永遠の別れの涙であった。

何十年もたった今でも心に残る その時、悲しい一夜、
忘れられない宵節句のひととき!
 今夜は 母の好きな五目寿司を作ろう、勿論 仏壇にも・・

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コメント

お母さまの記憶、特別な日だったから余計に思い出してしまいますね。
とてもお優しい方だったのが伝わります。

投稿: まゆクー | 2021年3月 7日 (日) 00時35分

まゆさま

天下一品の母でした
自慢の母でした あのうちは 女房で持っている なんて言われていました、

投稿: さえ | 2021年3月 7日 (日) 11時06分

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