逝くということ
生きているものが必ず行きつくところ それは”逝く”と言う事、
しかし、残された者はどうして悲しみ、辛さ、を体験しなければならないのだろう、
遠いような 近い様なそんな人の訃報が届いた、
数年まえに胃ろうを選択して入院中であったが最近はそれもダメで点滴だけで
過ごしているとは聞いていたが、まさか まさか、である
誰もが逝くとは思いたくなかっただろうに、
電話の向こうですすり泣く彼女を思うと抱きしめてあげたい、
イッパイ、イッパイ、泣いてあげて、
涙で送ってあげて、溢れても流れてもいいから・・・
泣いたからって救われるものではないが、どうしても泣けてくるもの、
目がふさがるほど泣いても泣ききれない、涙が涸れる事もない不思議、
悲しみってそういうもの、人には解らない辛さ、ましてや母親ならば余計に、
人の出入りが減り仏壇に殊更の供え物があったり、絶え間なく線香の煙が流れても、
そのどれもが悲しいもの、
Yo子さん、泣いて 泣いて、いっぱ~い、でもしっかりしてネ、
ご供養しなくてはならないんですから、
お母さん、どの辺まで逝ったかしらねぇ、帰っては来られないのねぇ、
私も、悲しい、
お香典かえし届きましたよ、時はとどまることなく過ぎて行く、悲しみは尽きない、
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