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2011年3月28日 (月)

ありがとう!

   ピンポ~ン! は~い、
出て見ると O さんがニコニコ顔で、
   どう その後は?
   ありがとう、段々落ち着いてくるようなの・・・
   大事にしてね

といいながら 差し出された品物の数々、 
   一人歩きは危ないから 出歩かないようにね、
   お買い物は私がするわよ、

例によって お赤飯、卵、豚肉、ごま豆腐、三つ葉まで・・・
   貴女は 揚げ物がお好きだから…と

夕飯のおかずを見たてて・・・・下さって・・・揚げ物の包みが温かい
春の香りの ”根ミツバ”もぷれしい、

彼女の心遣いに私は言葉も出ない・・・
日ごろ 何もして上げていないのにこんなに・・・と感激も一入。

ともすると ”あぁ、白内障、簡単なんですってねぇ、”
こともなげにいい捨てる人がいる中、こうして労わってくださる心遣いに
ただただ感謝するばかり (物を貰ったからいうのではないが) 

私は思った、今後手術をする人にあったら 決して軽はずみな言葉はいうまいと・
だって 目のなかを切るんですもの・・・ 失敗がないと誰が保証しますかぁ・・・
”わが身をつめって人の痛さを知れ・・・”

術後の憂鬱をぬぐってくれるような優しい午後のひと時。 

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2011年3月25日 (金)

一泊二日その2

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いよいよ2回目のOpe 、11時半には到着、
例のごとくパジャマに着かえて個室へ、待つこと3時間・・・
   もう帰えりた~い 
と思っていたら ニコニコ顔の看護師が 
   お待ちどう様でした!
冷たい感じの手術室へ
   よろしくお願いします、
   おまちどうさまね、さぁやりましょう、

ベッドに横たわる私を励ますように先生も看護師も殊更やさしい

ドキドキを抑えながらジッと・・・緊張、目の前がチラチラ、右目とは多少違った感触、
右目より チカチカが少なくて変化も少ない???大丈夫なのだろうか?不安が募る。
ヤット右目と同じようにチカチカが始まり 赤、青、紫が入り混じって万華鏡、
   あぁ 同じ、同じ、 とひと安心、
何度も何度も さされた目薬が頬を伝わる、冷たい、ドキドキの繰り返し
腕の血圧計はしまったりゆるんだり、先生の声は聞こえず張り詰めた緊張が・・

何分たっただろうか、
   終りましたよ、綺麗になったわ
先生の涼やかな声、私も力が抜ける、看護師が
   終わりましたよ、お疲れ様、
みんなほほ笑んで、緊張の去った柔らかい空気、
気がつくと部屋にはたった3人だけ前回は男性の先生も助手も
数人いらしたようだが・・・

やっと終わった・・・これでよく見える、期待に胸が膨らむ、
   2時間位は静かに上を向いて休んでいてくださいね
看護師の足音が遠ざかり、静かな時が流れる、

右手が重い点滴のあとが痛むそっと見ると 漏れてる、漏れてるナースコール   
照れ隠しの看護師はこともなげに針を差し替え、ごめンも言わずに踵を返す
自信をそがれた思いがありありと・・・患者の身にもなってぇ・・・と言いたい。

10階の部屋に移された、
    ウワぁ いい眺め、
夕日が稜線にかかり今にも沈みそう、慌ててカメラ、ちょっと遅かったかぁ・・・
陽が沈みかけて・・・夕焼けは何時見ても綺麗、今日は富士山が見えない、雲が多いのねぇ、
Img_9474 また、永い夜が始まろうとしている、
Opeがすんだ安らぎ、
持参のミカンで喉をうるおす。
陽が暮れて 山並みだけが青黒く
横たわっている、
緊張の一日が終わろうとしている、
今あるのは静寂だけ。

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2011年3月23日 (水)

その後・・・

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あれから何日たっただろう・・・9日目かな?
17日にOpeをうけ、それ自体は順調のようだが相変わらずの、原発話題におののいて落ち着かない、たびたびの警報におびえて安眠できない日が続いている
2階のベッドに寝るのが怖くて階下のソファで 着たまま就寝、ソックスは履いたまま、
非常持ち出しの袋を脇にしての夜は あの忌まわしい戦争中のやりきれなさを思い出させる。

洗いたてのパジャマに着かえて・・・今夜はベッドで寝て見よう…と一大決心、
ラジオを聴きながら 温かいフワフワ感触、えぇ、ままよ!とベッドに身をゆだねた

朝の目覚めは最高で、やっぱり寝床というのは大事だなぁ・・・と。
久しぶりに 和食の朝、鮭がおいしい、ジャガイモの味噌汁が、ブドウ豆の甘さが舌にやさしい、
昨夜は緊急速報はなかった・・・今夜もと願うばかり。

純ちゃんからTel,かよさんが骨折だって・・・織江さんがてんてこ舞らしい、
おとなしくしていれば いいお母さんで居られるのに・・・わが身と比べて羨ましい限りだが・・本人はどう思っているのだろうか?振り回される周りの者がやりきれまい、
織江さんの 健闘を願うほかないが、

病院から連絡、24日は12時に移行、朝は慌てなくて済む、

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洗髪したい・・・美容院ですませてさっぱり、(被災者の事を思えば我慢、我慢
スーパーへ寄ったら、お米も大分はいっている、パンも一通りはあるようだ、勿論麺類も並んでちょっとばかりホッとした、好みのパンはないけれど食パンを2個、レジで食パンは一人一個なので・・・と。自宅で焼くにも停電を予見しなければならず・・・材料があっても電気がこない、まことに こまったことだ、我慢、我慢。

Hi さんからTel,私を見届けるためらしい・・・(ありがたいこと)本町も元気らしく、病人もおちついているらしい。
隣家には 嫁入り先の福島から疎開してきた娘さん家族で賑やか。

の状態が心配で 何も出来ず、空白の日々が続く。今夜もベッドで寝たい。・・・

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9:20分から計画停電、手持無沙汰で退屈このうえない、電気を使わずできるのは
  そうだ~編み物、早速取り出して・・・さて何を編もうか・・・とりあえず レッグウオーマーにしよう、手持ちのは大分痛んできたから この際・・・

Oさんから(男性ですよ~三ケ日日ミカンをた~くさんいただく、それほど深いお付き合いでもないのに 度々の頂戴ものに恐縮、 ひと房、パクリ、甘~い、おいしい、ありがとう
かねこTelあり、   何やら言い訳がましく言っていたが・・・

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17日にうけたOpeの検診、11時30分の予約、少し早目について待つこと・・・なんと受診できたのは2時、何のための予約だろうか・・・ヤット先生に会えて、・・・
例のごとく懐中電灯で目を覗き、
  あぁ、綺麗綺麗、と先生、
  よく見えます   と私、
  よかったわね、明日またやりましょうね
看護師から明日の予定を再確認して病院  をあとにした、

が降り出したのでシヤトルバスで大船へ、・・・屋根のある所をと・・・
藤沢についたら
雨はやんで、風が冷たい、お彼岸なのに・・・

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2011年3月19日 (土)

お赤飯

近くのOさんからお赤飯が届いた
  貴女はお赤飯が好きだから今朝蒸かしたのよ、退院祝いよ
と言ってお赤飯3折、アジの開き、塩鮭、ロースハム(日大製作品)を揃えて
  ちぐはぐだけど 今日はこれですませてね、あまり動き回らないようにね、
  又何か見つくろってくるから・・・
 と。
思いがけない頂き物にもう・・・嬉しくて・・しかも手作りなんて・・・お赤飯が温かい。

彼女のご家族がお赤飯は召しあがらないのを知っている私は・・・わざわざ私の為に・・と思うと余計嬉しくて いつものことながら感激もひとしお。 

病気見舞いにお花を頂くことがあるが 勿論花が好きだから嬉しいに違いはないが
こうして心にかけてくださると その心遣いをひしひしと感じて 嬉しさ倍増、感激が深まる。
何より 私の為にと 考えてくださる心が嬉しい

こういうなさりかたが 本当のお見舞いだと あらためて感じた、嬉しかった今日の朝。

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2011年3月18日 (金)

一泊二日?

Img_9458Img_9459 気遣われた入院の朝、隣人の好意で予定より早く入院手続きを済ませることができてラッキーであった、ただ感謝するばかりである。

ロッカーで手術着に着かえ、いよいよ・・本番
Img_9453Img_9463 お決まりの服装の先生、大勢の助手たちが物々しいなか、見知らぬ男性が・・・(この方が女子医大からの応援の先生らしい)、
型どおりベッドに寝て・・・・私は ”まな板の鯉”の心鏡、

覆面みたいなものがかぶせられて(眼の部分だけ開いてる
大粒の目薬を3滴、(これが麻酔らしい
鋏(らしい)でじょき、じょき、くりぬいてるらしい、
あとは解らない、痛くはない、何をしているのだろう、やたらにひとの話し声がきこえる、
紫の光、黒く見えるぼやけた円、
    黒く見えますが
    そうそう、そこを両眼で見てね、

赤い、青い、あっ、紫も・・・万華鏡さながらに目の前がチカチカ、
しばらくして
    さぁ、 ここは大事なんですよ、動かないでください、
緊張が走る、
    顎をあげないで・・・(自然に顎をあげてしまうらしい)
レンズを入れたらしい・・・(公開講座で見た様子が目に浮かぶ
なんて思っていると 
    もう少しですよ、もうすこしですからね、   
急に肩の力が抜けて・・・大きなガーゼの眼帯がかぶせられて物々しい様子、

車椅子で元のベッドへ
   衝撃を与えないようにしてね、、上を向いて寝ていてくださいね
看護師の優しい声に救われるように横たわる、
   あぁ、とうとうやったぁ・・・
眼のなかが なんと表現したらいいか??・・・ぎざぎざになったみたいな感触に
不安が湧く、どれほどの時が過ぎただろうか 眼を開けると・・・(どうも眠っていたらしい)
ぎざぎざした感触はすっかり消えて・・・あぁよかったぁ・・・

看護師が 
   お昼食です
といってお弁当を運んでくれた。
あぁそうだった、朝6時半ごろ食べたきりだった、あらためてあわただしかった今朝を思う。

鶏のから揚げ3個、小さなおにぎり2個、青菜のひたし バナナ一本、であった、
足りたような足りないような、そんな感じのランチタイム。

9階の部屋へ運ばれて
   ゆっくり休んでください、ナースコールはこれですよ、遠慮なくね、
上を向いてしばらくじっとしていると段々眼の中が 普通に戻ってくる感じ、
違和感はない。


夕飯が運ばれて 
牛肉の焼いたもの3切れ、野菜はむし物少々、里芋の煮もの、ほうれんそうの
胡麻和え、キノコの味噌汁、これで1400カロリー
ですって、
好き嫌いも うまいまずいもない、これだけが与えられた食事だもの、
温かいともっとうれしいけど・・・日ごろの大食を反省)

夜になった、何時だったろう、緊急地震放送、(ケータイラジオで知る)
慌てて、身支度、看護師が覗いて
   そうそう、その方がいいですよ・・・
   地震の時、揺れましたか?
   それほどでもなかったけれど泊まりだったからちょっと大変だったわ、

その夜は何事もなく済んで・・・よかったぁ・・・

Img_9456 夜が明けた、まだ静まっている病室、廊下へ出て見ると なんと窓の向こうに
富士山が・・・真っ白い雪が朝日に輝いて・・・

間もなく朝食が運ばれて
卵焼き、菜っぱの味噌汁、ひじきの煮物、バナナ一本、牛乳一個、梅干し一個

診察に呼ばれて先生の検診、
    順調ですからご安心を、 と。

次の予約を指示され薬を渡され、帰途につく。
シヤトルバスで大船まで、続いて藤沢へ、すぐに湘南台行きバスがきてラッキー、
タクシー乗り場へ行くこともなくすんで
二日ぶりの我が家は・・・やっぱり一番 ♪狭いながらも楽しい我が家♪、だもの

お隣りへ知らせて我が家へ、
Hiさんにまず連絡、K さんにも、あわただしかった二日間が終わった。
 
あとは快復を待つばかり。

水仙も椿もパンジーも綺麗なまま、ミニシクラメンの赤が眩しい。

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2011年3月15日 (火)

地震その後

あの日から何日たったのだろう、テレビは朝から晩まで地震、原発。
加えて 計画停電になることになって・・・

拒絶するようにシャッターの下りた駅、
どうして 電車が止まるの、いつもはガラガラのバス停に行列、

駅前のスーパーは人の波、食品棚はガラガラ何故?なぜ?
ビッグカメラには人の山、店員が乾電池は完売で~す、と・・・

何故?なぜ?
いつまで続くのだろうか・・・
あの 忌わしい戦争のさなか、希望も何も失った思いで
過ごした日々が頭をかすめる
、)

数日後の入院に備えて その準備に落ち着かない私は
何故か かけ離れた思いでそれらを見ている、

帰宅したら 写真クラブから 梅ツアー、例会も中止の知らせが届いた。
あぁ。そうかぁ、何もかも中止、
手術も中止にならないかなぁ・・・

暗闇の中、突然電話、”暗闇慰問電話”であった、
一人暮らしを慮ってのおもいやり、あちらは今のところ停電なし、、とか、

K さんから”清美”が届いた、ウワ~ッ、嬉しい 
入院に間に合うようにですって・・・ウルウル・・・

梅ツアー中止で手に余るあれこれ、ひっきりなしにおやつタイムの私

早く 普通の生活に戻りたいものだ。、

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2011年3月11日 (金)

ぐらぐらぐら!

”藤沢市生涯学習大学” 主催のIT講座に参加.

今日はその最終回

講義も半ば、佳境にはいったころであった、
   あらっ、揺れてない? 揺れてる~、揺れてる
あちこちから ざわめきが・・・
   怖~い、だんだんひどくなるわ~・・・
   机の下へはいってください!
 職員が叫ぶ、
ぐら ぐら、ぐら、誰かが 入口のドアーを開けた、
    (そうそう そうだったわ、忘れてたぁ・・・)
非常階段のドアをあけて
   避難してください
職員の大きな声に 危険の迫ったのを感じながら どたどたどた・・・

前庭には すでにおおぜいの人たちが不安げ ただ おろ おろ、

まだ揺れてる、揺れてる、ニュースを聞いた人が
   宮城だって・・・
   へぇ~あんなに遠くなのにこんなに揺れるの?よっぽど大きいのね、

不安を隠すように 呟くような 言葉が聞こえる、
隣の席の Sさんは
   84歳の母が一人で居ますので・・と心配顔で自転車を走らせて帰って行った 

まだ 揺れてる、揺れてる、
   今日はくこれまでにしてください
職員の厳しい声に迫ってくる危険を感じながら帰り支度

中途半端な 終わり方に講師も 受講生も しっくりしないが
   急いでください、と 急かされ 急かされ 
講師の方々がそれぞれの電源を切って
   はいっ、これでよし、これでよし、
取りつく暇もない別れ方に ご挨拶もそこそこに家路につく、

小田急もバスも不通、すっきりしない足を引きずるように小田急沿線をとぼとぼ。
何処かの生徒たちが先生に引率されてがやがやいいながら、 足早に私を追い越して行く。
 
道端に たったひとつ蕗の薹が・・
あっ、ミモザ! 大きくて立派、これは風邪に揺れて・・・ゆっさ.ゆっさ!

家の中は 何事もなかったように静まりかえっていた、
テーブルの上の 花瓶が倒れて赤い花がちらばって・・・
テレビも無事、本箱も無事、食器戸棚の器が 前寄せに移動、(壊れずに・・・・ホッと)

夜遅くなって HiさんからTel,
   無事ですか?電話が通じなくて・・・無事でよかったぁ、こちらはみんなぶじです
メールを開けると受信がいっぱい、あぁ心配していてくれたんだわ、と
   あれ、壮ちゃんから・・・(息子の親友)無事で居てください、 と言葉少なに・・・

何より嬉しい、彼は息子の親友で何十年もたったのに・・心配してくれて・・・
もうそれだけで 涙があふれる、壮ちゃん、ありがと

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2011年3月 8日 (火)

春の雪 

遠い昔であった それは”宵節句”のこと、母が亡くなった、
おさなかった私は ただ ただ 悲しかった

入院中の母に代って 八段の赤いもうせんに一つ一つ飾った雛人形を  
その夜、あふれる涙をこらえて かたずけたのが 母と雛祭りの悲しい思い出
大人たちは忙しくてやっていられなかったと思う)

2日に亡くなった母の葬式は 初七日の8日に行われた。

通夜の夜 
その一つ一つに我が家の家紋と苗字の書かれた提灯を掛けた花輪が
数多く通りに飾られて・・・誰もがその立派さに驚いた。
その悲しいのに 不思議な 華やぎは 今でも私の目に焼き付いている

葬式の朝
長い葬列が続いて  一歩一歩 歩んだ足の重かったこと、着せられた着物の窮屈だったこと、知らないおじさんたちの
木遣りの(だと思う)声が辺りに響いて 葬列はなかなか進まなかった。
評判の母を送るにふさわしい悲しい葬列だったに違いない。

あくる日
俄かに雪になって あたり一面真っ白。昨日は あんなにあたたかったのに・・・と
父も、親戚のおばさんたちも 手伝いの人たちも み~んなが 
母が天国についた知らせだよ といって また涙を流した。

絶えて久しく この時季に雪にあったことはなかったのに、・・・3月というのに・・・
今年は珍しく今朝から雪になって
いやがうえにも 母のなくなった年の雪を思い出した私。

何年経っても 悲しい。 だから 春の雪は悲しいの、雛祭りも・・・。

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2011年3月 1日 (火)

房州の香り、

Img_9440 気分のすぐれない昼下がり、
あいちゃんから若芽が届いた、

今年はなかなか届かなかったので、わすれたのかな?とあやうんで居たが・・・
やっと懐かしい味にめぐり合えた。
生まれ故郷ではないが 
私にとっては父につながる懐かしい味

お湯に入れるとさ~っと緑になって 春色が拡がる”わかめ”
”菜ばな”もこの時期には土地の女の人たちが総出で
菜ばな摘みに出るほどの力の入れよう、
どちらも 春の房総の風物詩だ、

若芽はアサリのむき身とぬたに
菜ばなはあっさりとおひたしに・・・夕食の一品が決まり。

今年も 居ながらにして 房州の春の味を堪能できる幸せ

ちょっぴり好きなお餅も入っていてワンダフル

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